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鐘山風景名勝区の概要

鐘山は、別名を紫金山ともいい、南京市の東部の郊外に位置している。古くから「江南四大名山」の一つに数えられ、南京の名所旧跡が数多く集まる場所である。鐘山の主峰は標高448mで、三つの峰が連なる姿はまるで巨大な龍のようであり、山、水、城壁が一体となった景観は、雄大で美しく、圧倒的なスケールを誇る。古くから「鐘山竜蟠、石城虎踞(鍾山は龍の如くうねり、石城は虎の如くうずくまる)」と称され、漢代や三国時代からすでにその名は広く知られていた。
鐘山風景名勝区は国家級風景名勝区であり、その中心をなすのが中山陵園風景区である。主に中山陵景区、明孝陵景区、霊谷景区およびその他の観光スポットで構成されている。総面積は約31㎢、森林カバー率は76.8%で、200ヶ所以上の名所旧跡が点在している。その中には、世界文化遺産が1ヶ所、全国重点文物保護単位(国指定重要文化財)が16ヶ所、省・市級文物保護単位(省・市指定文化財)が30ヶ所含まれている。中山陵園風景区は中国で最初に認定された国家5A級観光スポットの一つである。明孝陵は世界文化遺産に、中山陵は国家自然・文化双遺産に認定されている。2024年には、「中国現代建築の先駆的代表作(中山陵およびその附属建築)」プロジェクトが『中国世界文化遺産暫定リスト』に登録された。
主要観光スポットの紹介
中山陵景区

中山陵は、偉大な民族の英雄であり、偉大な愛国主義者、そして中国民主革命の偉大な先駆者である孫文(孫中山)の陵墓である。1926年に着工し、1929年に完成した。青々とした松や柏に囲まれた中山陵は、紫金山の中茅山の南斜面に位置している。敷地面積は3000畝(2k㎡)で、山に沿って築かれ、北を背にして南を向いている。前方には平野が広がり、背後には緑の山並みを擁し、眺望が開けた雄大で壮麗な景観を呈している。
陵墓は中国の著名な建築家・呂彦直によって設計された。全体の平面構成は警鐘をかたどっており、絶えず警鐘を鳴らし、人々に深い自省を促すという意味が込められている。陵墓の建築群は中国と西洋の建築様式を巧みに融合させた完成度の高いもので、中国建築史における最高傑作の一つと言われる。主要建築は1本の中軸線上に縦に並んでおり、牌坊(鳥居のような門)、墓道、陵門、碑亭を経て、祭堂、墓室へと至る。平面距離は700m、高低差は70mで、392段の石段、10ヵ所の踊り場、400m余りに及ぶ墓道から構成されている。建築には白い花崗岩と鉄筋コンクリートが用いられ、屋根は青い瑠璃瓦で覆われている。荘厳で厳粛な雰囲気を漂わせ、格調高い佇まいを見せている。
中山陵の完成後、その周辺には音楽台、光化亭、仰止亭、蔵経楼、流徽榭、永慕廬、行健亭などの関連附属建築が次々と建設された。これらの記念建築は、まるで美しく輝く真珠のように中山陵の周囲にちりばめられ、陵園の景観にさらなる彩りと輝きを添えている。
1961年、中山陵は第一批全国重点文物保護単位(第一次国家指定重要文化財)に指定された。1997年には第一批全国愛国主義教育モデル拠点に選ばれ、2011年には海峡両岸交流拠点に選ばれた。2016年には「第一批中国20世紀建築遺産」リストに登録され、さらに2024年には「中国現代建築の先駆的代表作(中山陵およびその附属建築)」プロジェクトが『中国世界文化遺産暫定リスト』に登録された。
明孝陵景区

明孝陵は鐘山の南麓にある独龍阜に位置し、明朝の初代皇帝である朱元璋(洪武帝)とその皇后である馬氏の陵墓である。陵墓の建設工事は明の洪武9年(1376年)に始まり、1413年に「大明孝陵神功聖徳碑」が完成するまで、30年以上の歳月を要した。起点となる「下馬坊」から地下宮殿がある「宝城」まで、奥行きは約3,000mに及び、その沿線には様式や規模、用途が異なる30ヶ所余りの建築物や石造美術品が点在している。これらが一体となり、壮大な規模の豊かな文化的内容を有する陵墓文化遺産群を形成している。
陵区内の建築と石刻には、下馬坊、大金門、神功聖徳碑および碑楼、外御河、石像生群(参道に並ぶ石像)、石望柱、櫺星門跡、内御河および金水橋、陵宮門、享殿前門跡および具服殿、御厨跡および両側の配殿跡、神帛炉跡、内紅門、宝城前の御河および昇仙橋、方城、明楼、宝城、宝頂のほか、太子東陵遺跡や功臣の陪葬墓などが含まれる。これらはすべて明代の建造物であり、陵墓本来の真正性と空間構成の完全性とを、今日まで良好な状態で伝えている。明孝陵は明・清両代の皇帝陵墓制度の先駆けとなった陵墓であり、中国の皇帝陵墓の発展史において画期的な地位を占めている。1961年、全国第一批重点文物保護単位(第一次国家指定重要文化財)に指定された。2003年7月には、ユネスコにより世界文化遺産の登録基準を満たすものと認められ、明孝陵は「世界遺産リスト
に登録された。
明孝陵の周辺には、梅花山、紅楼芸文苑、紫霞湖、燕雀湖、梅花谷などの有名な観光スポットも点在している。毎年春節(旧正月)の時期には梅の花が咲き誇り、春のピクニックや梅の観賞を楽しむ観光客が次々と訪れる。
霊谷景区

霊谷公園は鐘山の東麓に位置し、総面積は2000畝余り(約1.333 km²)に及ぶ。六朝時代以来の名所旧跡が集まる場所であり、八功徳水、流觴曲水、明慶寺などの史跡や名勝が残されている。南朝時代の古刹・開善寺は梁の天監14年(515年)に創建されたが、明の朱元璋が孝陵を建設する際に現在の位置に移転され、「霊谷寺」と改称された。当時は「天下第一禅林」と称され、一帯には松林が果てしなく広がり、曲がりくねった小径が奥深くへと続いていた。この景観は古くから「霊谷深松」と呼ばれ、「金陵四十八景
の一つに数えられていた。中華民国期には戦死将兵の公墓(墓地)に改築され、中華人民共和国成立後、「霊谷公園」と改称された。
霊谷公園内には、国民革命軍戦没将士公墓、譚延闓の墓、鄧演達の墓という三つの国家級文物保護単位(国家指定文化財)がある。このほか、梁代の名僧である宝志の墓塔(宝公塔三絶碑)、中国に現存する最大規模の明代の無梁殿(梁のない煉瓦造りの殿堂。中国では磚〈せん〉と呼ぶ)、そして清代に再建された霊谷寺などがある。また、景区内には1700畝(1.133 km²)に及ぶ広さを持つ万株桂園(「一万本のモクセイ」の意)があり、約18,000本のモクセイが植えられている。晩秋には、紅葉が燃えるように山々を彩り、モクセイの香りが漂うので、香りを楽しみ、美しい花々を愛でながら園内を散策したりするのに絶好の季節である。
音楽台

音楽台は中山陵広場の南東に位置し、敷地面積は約4,200㎡である。著名な建築家・関頌声と楊廷宝によって設計され、1933年に完成した。
音楽台の平面は半円形で、その中心部に舞台が設けられている。舞台の背面には音を効果的に集めるための弧状の大きな照壁(音響壁)が築かれ、壁の最上部には回龍文様が施されている。舞台の前部には三段の波状の階段がある。舞台の下には三日月形の池があり、その前方には地形を生かして、半径50mの半円形のすり鉢状の大芝生広場が整備されている。放射状に延びる直線通路と半円形の環状通路によって、この大芝生広場は12の小さな扇形区画に分けられている。音楽台は精緻な建築と周囲の自然環境が見事に調和しており、中山陵を代表する重要な記念建築の一つである。
2015年から、音楽台を会場として「南京森林音楽会」が開催されており、扇形の大芝生広場は3,000人以上の観客を収容することができる。2017年には「中国20世紀建築遺産」に選ばれ、2024年12月には、更新された『中国世界文化遺産暫定リスト』に登録された。
美齢宮

美齢宮は明孝陵の四方城から東へ約200mの小紅山に位置している。正式名称は「国民政府主席官邸旧址」であり、1934年に完成した。元々の敷地面積は120畝(8万㎡)、本館の建築面積は2000㎡余りに及ぶ。この他、門楼、警備室、庭園、環状道路など設けられている。
1991年に「中国近代優秀建築」に選ばれ、2001年に国家級重点文物保護単位(国家指定重要文化財)に指定された。2012年12月、中山陵園管理局は美齢宮の創建以来、初めての大規模な全体修復工事を開始し、2015年にこの修復工事は「全国十佳文物保護工程(全国優秀文化財保護プロジェクト・トップ10)」に選出された。
景区内の文化・博物館施設
孫中山記念館

孫中山記念館は、中山陵の博愛牌坊の東側に位置する国家二級博物館である。孫中山の生涯と歴史的事跡、革命精神、高潔な人格を研究・紹介・展示することを目的とした専門記念館である。中山陵が担う「全国愛国主義教育モデル拠点」、「海峡両岸交流拠点」の中核的な役割を果たしている。文史研究、文化財の収集、広報・展示、社会教育、対外交流などの活動に積極的に取り組んでおり、景区において孫中山の思想を広く伝え、愛国精神を高揚させ、中山文化を発信する中心的な施設になっている。
明孝陵博物館

明孝陵博物館は明孝陵の東側に位置し、明孝陵遺跡の調査、発掘、研究、展示を基盤として設立された遺跡博物館である。同館は明孝陵が『世界遺産リスト』に登録されたのに伴い2003年に正式に開館し、現在は国家二級博物館となっている。館内の展示は、明孝陵の奥深い歴史と文化、そして世界文化遺産としての尽きることのない魅力を余すところなく伝えている。
東呉大帝孫権記念館

東呉大帝孫権記念館は梅花山の東麓に位置している。館内の展示は、パネルや写真、映像、場面復元を組み合わせた構成で、古都南京の重厚な文化の積み重ねの土台を築いた「東呉(呉)の歴史」を余すところなく伝え、「孫権と三国」「孫権と南京」「孫権と鍾山」という歴史の絵巻を再現している。
鐘山文学館

鐘山文学館は、明孝陵景区の明東陵の東側に位置している。元々「定林山荘」と呼ばれ、北宋の文学者・王安石を記念して建てられた庭園建築である。曲折する回廊に囲まれ、三つの殿堂が奥へと連なる伝統的な構成を特徴としている。鐘山文学館の北門の内側には煉瓦彫刻の「文心雕龍」と劉勰の半身銅像が設置されている。南門の上部にある石額には陸游の筆による「定林」の二文字が刻まれている。展示室は、懿文太子・朱標の生涯と明東陵の考古学的調査の過程を体系的に紹介しているほか、王安石が鍾山を題材に詠んだ70首余りの詩詞を展示している。さらに、鐘山を詠んだ詩文、『文心雕龍』、名所旧跡、王安石の生涯など、多角的な視点から鐘山の豊かな文化を総合的に紹介している。
紫金山森林科学普及館
紫金山森林科学普及館は、明孝陵景区の梅花谷に位置し、南京で初めて森林をテーマとして設立された科学普及施設である。館内には五つのテーマ展示エリアが設けられており、実物標本、マルチメディアを活用したインタラクティブな展示、没入型の展示・学習プログラムなどを通じて、紫金山の生物多様性を体系的に紹介している。
南京抗日航空烈士記念館

南京抗日航空烈士記念館は、江蘇省南京市の鐘山北麓に位置し、敷地面積は60畝(4万㎡)に及ぶ。航空烈士公墓区と記念展示館の二つのエリアで構成されており、第二次世界大戦中に中国、ソ連、米国などの空軍が中国の地で連携し、中国を侵略した日本軍と戦った歴史を伝えている。2002年には航空烈士公墓は江蘇省文物保護単位(江蘇省指定の文化財)に指定された。2014年、記念館は「第一批国家級抗戦記念施設・遺跡リスト
に登録された。2024年には国家二級博物館に認定された。
航空烈士公墓は1932年に建設が始まり、牌坊、左右の廡(回廊)、碑亭、祭堂などの建築物から構成されている。抗日戦争勝利50周年にあたる1995年9月3日には、公墓内に抗日航空烈士記念碑が完成した。2025年9月の時点で、記念碑には中国、ソ連、米国などの抗日航空英霊4,313名の名前が刻まれている。記念展示館は2009年に完成し、一般公開された。建築面積は2,000㎡余りである。主体となる建物は航空機の翼を思わせる外観で、上空から見ると、まるで二機の戦闘機が翼を広げて飛んでいるように見える。
南京抗日航空烈士記念館は、綿密な史料研究、臨場感のある展示、そして深い国際協力を通じて、歴史の記憶を平和と友好を前進させる現実の力に変えている。
南京市紫金山天文台博物館

南京市紫金山天文台博物館は、鐘山風景名勝区の紫金山第三峰に位置している。ここは歴史上、科学研究、天体観測、科学普及などの活動が行われてきた主要な施設であり、数多くの重要な天文学上の記録や成果が残されている。紫金山天文台は1934年に完成した中国が自ら設立した初めての近代的な天文学研究機関であり、「中国現代天文学の揺りかご」と称されている。ここには中国の現代天文学の発展の歴史が記録されており、科学の真理を探究し続ける精神が受け継がれている。全国重点文物保護単位(国家指定重要文化財)および中国科技旅遊基地(科学技術観光拠点)であり、「第一批中国20世紀建築遺産」にも選定されている。古代天文観測機器の展示エリアは天文台を代表する見どころの一つである。合計5台の古代天文観測機器があり、中国古典天文学の貴重な成果が一堂に集められている。また、紫金山天文台の天堡城は南京の市街地を一望できる絶好の展望スポットでもある。